「そんなにピアノを頑張らせて、かわいそうじゃない?」
「そこまでやらせる意味が、正直よく分からない」
そう言われて、胸の奥がチクッとしたことはありませんか。
今日は、そんな経験をしたことのある方へ、そっと届けたいお話です。
■ その言葉に、どう返していいか分からなかった日
悪気がないことは、分かっている。
心配して言ってくれているのかもしれない。
それでも、
「理解できない」
「頑張らせすぎ」
そんな言葉を向けられると、心が揺れます。
「私が間違っているのかな」
「この子のためだと思ってやってきたことは、エゴだったのかな」
誰よりも子どものことを見てきたからこそ、
その一言が、深く刺さってしまうのです。
■ “頑張っている”のは、本当に親だけでしょうか
ピアノを続けている子どもたちを見ていると、
私はいつも思います。
本当に頑張っているのは、
子ども自身だということ。
・今日は弾きたくない気分の日
・うまくいかなくて悔しい日
・思ったより進まなくて落ち込む日
それでも、鍵盤の前に座り、
自分なりに向き合おうとする。
その姿は、「やらされている」だけでは生まれません。
子どもがピアノを続けているという事実は、
その子なりの「やりたい」が、そこにある証拠です。
■ 見えにくい“中身”は、外からは分からない
外から見えるのは、
「練習している姿」
「発表会」
「レッスンに通っているという事実」
でも、その中で何が起きているかは、
一緒に過ごしていないと、分かりません。
・昨日より少しできた喜び
・できない自分を受け止める経験
・一つのことに向き合い続けた時間
それらは、数字にも結果にも表れにくいものです。
だからこそ、簡単に
「理解できない」
と言われてしまうのかもしれません。
■ “かわいそう”ではなく、“力を育てている”時間
ピアノの練習は、確かに楽なものではありません。
でもそれは、
子どもを追い込むための時間ではなく、
自分と向き合う力を育てる時間です。
・すぐにできなくても投げ出さない
・感情を音で表現する
・自分なりのペースを知る
これらは、
これからの長い人生を生きていくうえで、
何度も子どもを支えてくれる力になります。
■ 子育てに、他人の“理解”は必須ではない
すべての人に理解される子育ては、ありません。
どんな選択をしても、
「やりすぎ」
「足りない」
そう言う人は、必ずいます。
でも、本当に大切なのは、
目の前の子どもがどう感じているかです。
ピアノの時間が、
その子にとって、
- 自分を表現できる場所になっているか
- 安心して挑戦できる時間になっているか
- 「できた!」を積み重ねられているか
そこを見ているのは、
他でもない、あなたです。
■ 最後に
「頑張らせすぎている」と言われたことのあるあなたへ。
子どもの可能性を信じ、
時間とエネルギーをかけてきたことは、
決して間違いではありません。
理解されなくても、
その時間は、確かに子どもの中に残っています。
ピアノを通して育っているのは、
音楽の技術だけではなく、
その子がその子の人生を歩くための土台です。
どうか、自分を責めすぎないでください。
あなたは、ちゃんと、子どもを見ています。
それは先生も、私もよく知っています。
頑張るご家族にも寄り添って
ピアノノギフトではレッスンを進めてまいります。

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