今日は家で編集三昧の一日。
夜は夫とNetflixで細木数子を一気見して、気づいたら自分の人生を振り返ってた。
🌅 5時半起床|音合わせからスタートの編集三昧
5時半に起きてルーティンをこなしてから、動画の編集へ。音合わせ・MIDIの書き出し・テロップ入れと、午前中からずっと作業を続けた。
ジムに行って、掃除をして、また編集に戻って。お昼は家で冷やし中華を食べて、午後もテロップの編集を続けた。料理をしてお風呂に入って——気づいたら夜になってた。充実感のある一日だった。
🥂 夜|夫と晩酌(私はジンジャーエール)・細木数子を一気見
夜は夫と晩酌気分で。私はジンジャーエール、プリン、リーフサラダ、ネバネバサラダ。Netflixで細木数子のドラマ「地獄に落ちるわよ」を観た。
騙して、騙されて、成り上がっていくような女性の人生の話で、見ながらいろいろ考えてしまった。
気づかれずに騙されることって、きっとあったんだろうな、と。
「あれ、私あの時騙されてたんじゃないか」という気づきがこの日あった。自分の人生の中で、そういう場面があったかもしれないという、ちょっとした危機感みたいなものを感じた夜だった。
騙される側だったとしても、それで得た経験や気づきは本物だし、今こうして振り返れる自分がいるということは、乗り越えてきたということでもある。
家事をして日記を書いて、少し作業をして——ついつい夜更かしして、寝たのは12時ごろだった。
📝 今日の反省
編集が進んで充実感があった日だったのに、Netflixを一気見してしまって結果的に12時まで起きていた。「もう少しだけ」が積み重なるパターン、相変わらず。でも今日の充実感は本物だったから、まあいい。明日は早起きに戻す。
💡 ファクト → 抽象 → 転用
ファクト:細木数子のドラマ「地獄に落ちるわよ」を見て、自分の人生の中で「騙されていたかもしれない」場面があったと気づいた。その気づきは不快だったけど、同時に「今の自分はちゃんと見えている」という確認にもなった。
抽象:人は見たいものしか見ない。でも何かのきっかけで「あれはそういうことだったのか」と後から気づけることがある。大事なのは、気づいた時に自己批判で終わらせないこと。「あの経験が今の判断基準を作った」と転換できるかどうかで、経験の意味が変わる。
転用:発信においても、「この情報は正しいか」「この関係は対等か」を問い続ける目を持っていたい。昨日書いた境界線の話と同じ——違和感をシグナルとして受け取る力が、自分を守る。過去に騙されたかもしれない経験も、今の私の判断基準になっている。それでいい。
編集三昧の充実感と、夜の深い振り返りが同居した一日だった。
自分の人生を見つめる機会をくれたNetflix、ありがとう(笑)🌙
読んでくれてありがとう!
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