発表会が近づくと、つい言ってしまうんです。「もう一回、最初から」って。
あなたにも、こんな経験はありませんか。
わが子がつっかえながら弾く姿を見て、「どうしてできないんだろう」と、心のどこかで焦ってしまう。
私もそうでした。完璧に弾けることが、いいことだと思い込んでいたんです。
でも、ある建築家の話を知ってから、その考えが少しずつほどけていきました。
安藤忠雄と、磨かないコンクリート
安藤忠雄さんという建築家をご存じですか。
元プロボクサーで、大学にも通わず、独学で世界的な建築家になった人です。1日15時間以上、たった一人で建築を学び続けたと言われています。
その安藤さんの代表作は、コンクリート打ちっぱなしの建物。ツルツルに磨き上げず、型枠の跡も、わずかなムラも、あえてそのまま残します。
普通なら「未完成」と言われそうな仕上げ。それなのに、世界中の人が「美しい」と心を動かされます。
なぜでしょうか。
不完全だから、美しい
それは、素材が一番素のままのとき、人の心にいちばん深く届くからだと私は思います。
日本には昔から、未完成を愛でる感性があります。満月より、少し欠けた月。きっちり揃ったものより、どこか不揃いなもの。
完璧に仕上がったものは、それ以上育ちません。でも、欠けや余白があるものには、見る人の心が入り込む隙間がある。そして「これから完成へ向かう」という物語が生まれます。
不完全は、欠点ではないんです。むしろ、伸びていく途中の美しさ。
子どもの「できない」は、伸びしろ
このことに気づいてから、レッスンでの子どもの見方が変わりました。
先日、年長さんの女の子が、両手で弾く曲に初めて挑戦しました。右手と左手がバラバラになって、何度も止まって。
以前の私なら「もう少し練習しようね」と言っていたかもしれません。でもその日は、つっかえながらも最後まで弾ききった姿が、とても美しく見えたんです。
間違える指。止まる呼吸。それは欠点ではなく、今まさに育っている途中の証。弾けないことそのものが、これから伸びていく余白なんです。
完璧を急がない、という子育て
親が完璧を求めるほど、子どもは縮こまってしまいます。「間違えちゃいけない」という気持ちが、のびのびした表現を奪ってしまうから。
反対に、「今はそれでいいよ」と未完成を受け止めてもらえた子は、安心して挑戦できます。安藤さんが、未完成を恐れずにコンクリートの素顔を見せたように。
子どもの「まだできない」を、あたたかく見守る余白。それが、子どもをいちばん伸ばすのだと、私は感じています。
おわりに
完璧じゃなくて、いいんです。むしろ不完全だからこそ、子どもには伸びしろがあって、美しい。
そう思えると、子育ても少し肩の力が抜けます。
もし、お子さんが何かに夢中になりながら、不完全をあたたかく受け止めてもらえる時間を持てたら。ピアノは、そんな時間のひとつになれると思います。
ピアノノギフトの体験レッスンでは、上手さよりも「今、向き合っている姿」を大切にしています。お子さんの「できない」が「伸びしろ」に見えてくる時間を、ぜひ一度のぞいてみてください。

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