映画『カールじいさんの空飛ぶ家』の、最初の数分。セリフはほとんどないのに、気づいたら涙がこぼれていた——そんな経験はありませんか。
あの場面で流れていたのは、マイケル・ジアッキーノという作曲家の音楽です。言葉のかわりに、たったひとつの旋律が、ふたりの一生を語っていく。今日は、その魔法のしくみを、私なりの目線で解きほぐしてみます。
なぜこの話をするかというと、ジアッキーノの「ひとつの旋律を育てる」やり方には、子どもが音楽と出会う入り口にも通じる、大切なヒントが隠れているからです。
スタートは、まさかのゲーム音楽だった
意外かもしれませんが、ジアッキーノのキャリアは映画ではなく、テレビゲームの音楽から始まりました。戦争を題材にした「メダル・オブ・オナー」というゲームで、当時はめずらしく本物のオーケストラを使い、映画のような音楽を鳴らしたのです。
その仕事ぶりが映画監督のJ.J.エイブラムスの目にとまり、ドラマ「LOST」などを経て、ついにピクサー映画の世界へ。畑ちがいの場所でこつこつ積み上げた力が、大きな扉を開いたのです。
「カールじいさん」は、ひとつのワルツでできている
あの感動の正体は、実はとてもシンプルです。物語の核になっているのは「Married Life(結婚生活)」という一曲。これは妻エリーを表すテーマで、ヘ長調の、三拍子のやさしいワルツです。
三拍子は、くるくると舞うダンスのリズム。だからこの旋律が流れるだけで、ふたりが人生を踊るように歩んでいく様子が浮かびます。メロディそのものは、口ずさめるほど素直。難しいのは、その下で鳴っている和音のほうなのです。
同じ旋律が、喜びにも悲しみにもなる
ジアッキーノが得意とするのは「ライトモチーフ」という手法です。人物や想いに、ひとつの旋律を結びつけておく。そして場面ごとに、その同じ旋律の表情だけを変えていきます。
明るく弾めば、結婚の幸せ。ゆっくり、少し陰りをつけて鳴らせば、別れの悲しみ。メロディは変えずに、弾き方と和音で気持ちだけを変える。だから観ている私たちは、ひとつの旋律と一緒に、ふたりの一生を生きたような気持ちになるのです。素直な旋律に、とても凝った和音を重ねる——その対比が、深い余韻を生みます。
『Mr.インクレディブル』は、音で“らしさ”を作った
もう一つ、私が大好きな『Mr.インクレディブル』。この映画でジアッキーノが選んだのは、1960年代のスパイ映画を思わせる、ジャズ風の音楽でした。
ミュートをかけたトランペット、スイングするリズム。その音が流れた瞬間に、「これはかっこいいヒーローの物語だ」と私たちは感じます。音楽は、ただの飾りではありません。キャラクターの「らしさ」そのものを、音で描いてしまうのです。
子育ても、ピアノも、「ひとつを大切に育てる」
ここまで読んでくださったあなたに、伝えたいことがあります。ジアッキーノが教えてくれるのは、たくさんの曲を弾けることより、ひとつの旋律を大切に育てることの豊かさです。
なぜなら、同じ「ドレミ」でも、弾き方ひとつで、うれしくも、さみしくもなるから。お子さんが弾く小さな一曲も、気持ちを乗せれば、もう立派な物語です。上手に弾くことより、その音にどんな気持ちをこめるか。そこにこそ、音楽のいちばん大切な部分があります。
私がピアノノギフトで大切にしているのも、まさにそこです。日比谷・三田・田町の教室では、体験レッスンをご用意しています。お子さんのひとつの旋律に、どんな気持ちが宿るのか。私と一緒に、育ててみませんか。

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