子どものころ、ソファをお船にしたり、葉っぱをお皿にして遊びませんでしたか。
私もそうでした。
あれ、実は日本に古くからある、立派な美意識なんです。「見立て」──ないものを、心の目で見る力です。
今日は、この見立てとピアノのお話をさせてください。
見立てって、何でしょう
見立ては、あるものを別のものになぞらえて楽しむ、日本ならではの感性です。
たとえば枯山水のお庭。水を一滴も使わず、白い砂の模様で、川や海の波を表します。
落語家さんは、扇子一本を、お箸にも、お手紙にも、筆にも見立てる。千利休は、漁師の魚籠(びく)を花入れに見立てたそうです。
「ない」ものを、心の中で「ある」ことにして味わう。それが、見立ての美しさです。
子どもは、見立ての名人
ここで、嬉しいお知らせがあります。実は子どもは、生まれながらの見立ての名人なんです。
積み木が電車になり、毛布がマントになり、砂場のお団子がごちそうになる。
大人が「ただの積み木でしょ」と思うものを、子どもは豊かな世界に変えてしまいます。
この想像する力は、子ども時代にいちばん育つ、宝物のような力です。
ピアノは、見立ての宝庫
そして、この見立ての力が、ピアノでとても生きてきます。
楽譜には、音符しか書いてありません。でも「この曲、どんな場面に見える?」と聞くと、子どもは答えてくれます。
「雨がぽつぽつ降ってる」「お姫さまが歩いてる」。その情景を心に見立てた瞬間、同じ音符が、まるで違う表情で鳴り出すんです。
先日も、ある子が「ここは森の朝みたい」と言って弾いた一曲が、本当に朝の光のように聞こえて、私は驚きました。
上手に弾く技術より先に、この「見立てる心」が、音を生かします。
親ができる、見立てのひと声
家庭でも、簡単にできます。
「上手だね」だけでなく、「今の、どんな景色だった?」と聞いてみてください。子どもの中で、音と物語が結びついていきます。
正解はいりません。その子が見立てた世界が、その子だけの表現になります。
想像する余白を、奪わずに残してあげること。それが、親にできるいちばんの応援です。
おわりに
見立ては、「ないもの」を心の目で見る力。そして子どもは、その天才です。
ピアノは、その想像力を音にできる、またとない遊び場です。
ピアノノギフトの体験レッスンでは、技術だけでなく、その子が音に物語を見立てる心を大切にしています。
お子さんの想像力が音になる瞬間を、ぜひ一度のぞいてみてください。

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