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「ドレミの歌」はなぜ、一度で覚えられるの?サウンド・オブ・ミュージックに隠れた作曲の知恵

お子さんと一緒に「ドレミの歌」を口ずさんだこと、ありませんか。

ドレミファソラシド——あの歌のおかげで、音階を自然に覚えたという方も多いはずです。実はあの歌は、世界でいちばんよくできた「音楽の授業」だと、私は思っています。作ったのは、アメリカの作曲家リチャード・ロジャース。映画『サウンド・オブ・ミュージック』の音楽を手がけた人です。

なぜこの話をするかというと、ロジャースの作曲の工夫には、子どもが「学ぶ」「続ける」ためのヒントが、たっぷり詰まっているからです。

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「ドレミの歌」は、音階そのものを物語にした

「ドレミの歌」のすごさは、ただ覚えやすいだけではありません。ドからシまでの七つの音を、順番に一段ずつ階段を上るように並べ、それぞれの音に身近なイメージを結びつけています。

音という抽象的なものを、目に見える具体物に変える。だから子どもの心にすっと入り、一度で口ずさめる。これは偶然ではなく、計算された設計です。難しいことを、やさしい入り口から教える——理想的な学びの形が、この一曲に詰まっています。

正反対の二人と組んだ、ロジャースの柔軟さ

ロジャースには、生涯で二人の名コンビがいました。前半はロレンツ・ハート、後半はオスカー・ハマースタイン二世。おもしろいのは、その作り方が正反対だったことです。

ハートとは、ロジャースが先にメロディを書き、そこにハートが機知に富んだ歌詞をのせました。ところがハマースタインとは逆で、先に書かれた歌詞に、ロジャースが音楽をつけたのです。言葉が先にあるという制約は、彼の音楽をより物語に寄り添うものへと進化させました。やり方を変えることを恐れない柔軟さが、彼を長く第一線に立たせたのだと思います。

『サウンド・オブ・ミュージック』は、別れの作品でもあった

『サウンド・オブ・ミュージック』は1959年にブロードウェイで初演され、トニー賞を五つ受賞する大成功をおさめました。けれど、この作品はロジャースとハマースタインが一緒に作った最後のミュージカルになりました。

初演からおよそ9ヶ月後、ハマースタインは病でこの世を去ります。名曲「エーデルワイス」は、二人が一緒に書いた最後の曲だと言われています。あの素朴であたたかい旋律の奥に、そんな物語が隠れていると知ると、聴こえ方が少し変わってきませんか。

それでも、彼は書くことをやめなかった

長年の相棒を失ったあと、ロジャースは映画版のために新しい曲を求められます。いつもなら歌詞を任せていた相手は、もういません。それでも彼は筆を置かず、今度は自分で歌詞も書き、新しい曲を完成させました。

悲しみの中でも、できることを続ける。私はここに、彼の本当の強さを感じます。才能とは、一瞬のひらめきではなく、止まらずに前へ進む力のことなのかもしれません。

子育ても、ピアノも、「はじめの一歩」から

ここまで読んでくださったあなたに、伝えたいことがあります。「ドレミの歌」が教えてくれるのは、学びはいつも、いちばんやさしい一歩から始めていい、ということです。

なぜなら、最初の一歩が楽しければ、子どもは自分から次の段を上りたくなるから。難しさを最初に見せる必要はありません。順番に、少しずつ、でいいのです。

私がピアノノギフトで大切にしているのも、その「はじめの一歩」を、わくわくする時間にすること。日比谷・三田・田町の教室では、体験レッスンをご用意しています。お子さんの「ドレミ」を、一緒に鳴らしてみませんか。

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この記事を書いた人

pianonogiftのアバター pianonogift 東京都出身。東京音楽大学器楽専攻(ピアノ演奏家コース)卒業。 フォルクヴァンク芸術大学(ドイツ)短期留学奨学生。 在学中、東京文化会館やサントリーホール等多数演奏会に出演する他、私立幼稚園で音楽講師も務める。 第41回ピティナピアノコンペティション特級銅賞。 第12回北本ピアノコンクールG部門(大学生)第1位、及び最優秀賞。 第18回日本演奏家コンクール第2位(大学生の部)。 東京フィルハーモニー交響楽団、ウィーン岐阜管弦楽団と協演。 かずさFM、TBSラジオ「檀れい 今日の1ページ」出演。

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