「子どもが言うことを聞かない」「すぐ泣く」「かんしゃくがひどい」。
こうした悩みに、脳科学の視点からとても分かりやすい答えをくれる人がいます。
今回は、世界中の親や教育者から支持されるダニエル・シーゲル博士の理論から、子育てにもピアノレッスンにも活かせるヒントをお届けします。
ダニエル・シーゲル博士とは
Dr. Daniel J. Siegel(ダニエル・J・シーゲル)
ハーバード大学医学部卒業。UCLA医科大学院 臨床精神医学教授。マインドサイト研究所 所長。脳科学と愛着理論を融合した「対人神経生物学」の創始者。著書はニューヨーク・タイムズのベストセラーに複数選出。日本でも『しあわせ育児の脳科学』『「自己肯定感」を高める子育て』『子どもの脳を伸ばす「しつけ」』など多数翻訳出版されている。
シーゲル博士のメッセージの核にあるのは、こんなシンプルな考え方です。
子どもの脳は「統合(Integration)」に向かって発達する。脳のあちこちがうまくつながっていくほど、感情のコントロールも、人との関係も、学びも、うまくいくようになる。
つまり、子どもの「困った行動」は脳がまだ発達途中であるサインであり、叱るより「つなげる」ことが大切だということです。
「上の脳」と「下の脳」― 手のひらで分かる脳のしくみ
シーゲル博士が世界中の講演で見せるのが「手のひらモデル」です。
手をグーにしてみてください。親指を中に包み込むように握ります。
手のひらモデル
手首 = 脳幹(生きるための基本機能)
親指 = 大脳辺縁系(感情・記憶)← 下の脳
指先 = 前頭前皮質(考える・判断する・落ち着く)← 上の脳
子どもがかんしゃくを起こしたり、泣き叫んだりしているとき、脳の中では何が起きているのでしょうか。
シーゲル博士はこう表現します。「フタが開いた」状態だと。
グーの手を開いて、指をバッと広げてみてください。親指(感情の脳)がむき出しになり、指先(考える脳)が離れてしまっています。
これが「フタが開いた」状態。感情があふれて、考える力が使えなくなっている瞬間です。
「フタが開いた」子どもに必要なのは、叱ることではありません。まず「フタを閉じる」のを手伝うこと。つまり、安心させて、考える脳をもう一度つなげることです。
ここで大切なのは、子どもの「上の脳」は25歳頃まで発達し続けるということ。
大人のようにすぐに気持ちを切り替えられないのは、「やる気がない」のではなく、脳がまだ成長の途中だからなのです。
「つながってから正す」― Connect and Redirect
シーゲル博士が子育ての基本として繰り返し伝えるのが、この考え方です。
「しつけの前に、まずつながること。つながりなしに教えても、子どもの脳には届きません」
― Dr. Daniel Siegel
子どもが泣いている、怒っている、パニックになっている。
そんなとき、つい「泣かないの」「ちゃんとしなさい」と言いたくなります。
でも、感情があふれている状態(=フタが開いた状態)では、どんな正しい言葉も届きません。
× いきなり「正す」
「泣かないの」「何回言ったらわかるの」
→ 子どもはますます追い詰められる
○ まず「つながる」
目線を合わせて「悔しかったんだね」
→ 安心する → フタが閉まる → 話を聴ける
つながる → 落ち着く → 正す。この順番を守るだけで、子どもの反応は大きく変わります。
シーゲル博士は、つながることの効果を3つに分けて説明しています。
短期的に:子どもが「反射モード」から「受け入れモード」に切り替わる
長期的に:脳の中で「上の脳」と「下の脳」のつながりが育つ
関係性として:親と子の信頼が深まる
「名前をつけると落ち着く」― Name It to Tame It
シーゲル博士の戦略の中で、最もすぐに実践できるのがこの方法です。
子どもが感情にのまれているとき、その気持ちに「名前」をつけてあげる。たったそれだけのことが、脳に大きな変化を起こします。
「感情に名前をつけると、右脳の嵐に左脳の言葉が橋をかける。それだけで、嵐は静まり始めます」
― Dr. Daniel Siegel
たとえば、「悔しいんだね」「ちょっと怖かったんだね」「悲しかったんだね」。
大人にとっては何気ない一言ですが、子どもにとっては「自分の中で暴れていた何かに、名前がついた」瞬間です。
名前がつくと、感情は「得体の知れないもの」から「知っているもの」に変わります。
知っているものなら、怖くありません。
実践のヒント
☑ まずは感情を推測して言葉にする(「悔しかったのかな?」)
☑ 間違っていてもOK。子どもが自分で「違う、〇〇だった」と言えたらそれも大成功
☑ 感情に名前をつけるだけ。解決はしなくていい
3つのゾーン ― グリーン・レッド・ブルー
シーゲル博士は『「自己肯定感」を高める子育て』の中で、子どもの心の状態を3つの色で説明しています。
グリーンゾーン
落ち着いている
好奇心がある
柔軟に考えられる
レッドゾーン
怒りが爆発
かんしゃく
攻撃的になる
ブルーゾーン
固まってしまう
無気力・無反応
引きこもる
大切なのは、レッドゾーンやブルーゾーンに入ること自体は悪いことではないということ。
誰でも怒ったり、固まったりする瞬間はあります。
シーゲル博士が重視するのは、レッドやブルーに入ったときにグリーンに戻ってこられる力。それが「レジリエンス(回復力)」です。
子どもに必要なのは「ずっとグリーンでいること」ではなく、「レッドやブルーからグリーンに戻る経験を重ねること」。その経験が、自己肯定感の土台になります。
4つの「S」― 安心の土台をつくる
シーゲル博士は、子どもが安心して育つために必要な親の関わりを「4つのS」としてまとめています。
Safe
安全
この子を怖がらせない。安全な港になる
Seen
見てもらえている
行動の奥にある気持ちに気づく
Soothed
なだめてもらえる
辛いときに一緒にいてくれる
Secure
安心
「大丈夫」と信じられる内なる感覚
Safe(安全)があるから、子どもは新しいことに挑戦できる。
Seen(見てもらえている)があるから、自分の気持ちを大切にできる。
Soothed(なだめてもらえる)があるから、辛いことがあっても立ち直れる。
そして、この3つが揃うと、Secure(安心)という内なる感覚が子どもの中に育ちます。
「完璧な親でなくていい。ただ、そこにいること。それが子どもの脳を最も育てます」
― Dr. Daniel Siegel『The Power of Showing Up』より
ピアノノギフトが、シーゲル博士の教えと重なるところ
シーゲル博士の理論を学ぶほど、私たちが大切にしている「才醒(さいせい)」の理念との共通点に気づきます。
☑ 安心できる場で → シーゲル博士の「4つのS」。Safe(安全)がすべての出発点
☑ 正直な感情と共に → シーゲル博士の「Name It to Tame It」。感情に名前をつけて認める
☑ 問いを交わしながら → シーゲル博士の「Connect and Redirect」。つながってから一緒に考える
☑ その子の中の音楽を目覚めさせる → シーゲル博士の「統合」。脳のつながりを育てることで、その子本来の力が開花する
ピアノのレッスンには、シーゲル博士が言う「脳の統合」を促す要素がたくさんあります。
楽譜を読む(左脳)と、音の表情を感じる(右脳)。指を動かす(身体)と、曲の流れを考える(思考)。
ピアノを弾くこと自体が、脳のあちこちをつなげる体験なのです。
私たちのレッスンでは、うまく弾けなくて悔しいお子さんに「悔しいよね」と声をかけるところから始めます。
これは、シーゲル博士の「Name It to Tame It」そのもの。
感情に名前をつけて、まずフタを閉じる。落ち着いたら「じゃあ、ここだけもう一回やってみようか」と一緒に取り組む。
これは「Connect and Redirect」そのもの。
ピアノのレッスンは、音楽を学ぶ時間であると同時に、「感情を感じて、名前をつけて、乗り越える」経験を積む時間でもあります。レッドゾーンからグリーンゾーンに戻る練習を、音楽を通じて自然にしているのです。
今日からできること
シーゲル博士の理論は、脳科学に基づいていますが、実践はとてもシンプルです。
お子さんがかんしゃくを起こしたら、まず目線を合わせて「つながる」。正すのはそのあと
感情に名前をつける。「悔しかったんだね」「ちょっと怖かったのかな」。それだけで脳が落ち着き始める
レッドやブルーに入ったとき、「戻れた」経験を一緒に喜ぶ。「落ち着けたね、すごいね」のひと言が自己肯定感を育てる
「手のひらモデル」をお子さんと一緒にやってみる。「フタが開いちゃったね」が合言葉になると、親子で感情を語り合えるようになる
完璧にやる必要はありません。シーゲル博士自身がこう言っています。
大事なのは完璧であることではなく、「そこにいること」。そこにいてくれる大人がいるだけで、子どもの脳は最も健やかに育っていきます。
お子さんの脳と心を一緒に育てるピアノレッスンを体験してみませんか?
参考:ダニエル・J・シーゲル, ティナ・ペイン・ブライソン著『しあわせ育児の脳科学』(早川書房, 2012)原題: The Whole-Brain Child
参考:ダニエル・J・シーゲル, ティナ・ペイン・ブライソン著『「自己肯定感」を高める子育て』(大和書房, 2018)原題: The Yes Brain
参考:ダニエル・J・シーゲル, ティナ・ペイン・ブライソン著『子どもの脳を伸ばす「しつけ」』(大和書房)原題: No-Drama Discipline
参考:ダニエル・J・シーゲル, ティナ・ペイン・ブライソン著『The Power of Showing Up』(Ballantine Books, 2020)


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