同じ部屋、同じピアノ、同じ椅子。
なのに、何もかもが違って見えました。
出産前の私は「良いレッスンをしなきゃ」と思っていました。
でも、ママになって戻ってきた私は「この子の今日はどうだったかな」と思うようになっていたのです。
生徒の「できない」が、前と違って見えた
出産前の私にとって、レッスンで「できない」場面は「教え方を工夫すべきサイン」でした。
もちろん、それは今も同じです。でも、出産後に感じたのはもっと手前のこと。
「この子は今日、ここに来るまでにどんな一日を過ごしてきたんだろう」ということです。
朝ごはんをちゃんと食べられたかな。お友達とケンカしなかったかな。ママに「早くしなさい」って言われて少しだけ泣いたかもしれない。
そういう想像が、自然とできるようになっていました。
我が子を育てる中で「できないのには理由がある」と身をもって知ったからだと思います。指が動かないのではなく、心がまだここに来ていないだけ。そういう瞬間が見えるようになったのは、自分が母親になったからです。
お母さんの表情が、気になるようになった
以前の私は、レッスン中のお母さんのことをあまり気にしていませんでした。お子さんに集中していたからです。
でも産後に戻ったとき、お迎えに来るお母さんの顔が気になるようになりました。
疲れていないかな。今日は少し元気がないかな。何か心配ごとを抱えていないかな。
これは、自分がママになって初めて実感したことです。
だから今の私は、レッスン後にお母さんと少しだけお話しする時間を大切にしています。「今日はこんなことができましたよ」「ここが伸びてきています」。そんな小さな報告が、お母さんの肩の力をほんの少し抜いてくれるなら、それもレッスンの一部だと思うのです。
「待つ」ことが、怖くなくなった
ピアノの先生にとって「待つ」というのは、実はとても難しいことです。
レッスンは時間が限られています。その中で成果を出さなければ、という気持ちがどうしても生まれます。
でも、子育ての中で私は「待つ」ことに慣れていきました。
赤ちゃんが寝返りをうつまで。歩き出すまで。言葉を話し出すまで。何ひとつ、急かしてできることではありません。
そのことを体で知ったからでしょうか。レッスンでも「今日できなくていい。この子にはこの子のペースがある」と思えるようになりました。
焦らなくなった理由
我が子の成長を見て、人の成長には「溜めの時間」があると気づいたからです。何も変わっていないように見える時期にこそ、中で大きな準備が進んでいる。ピアノも同じでした。
完璧を求めなくなった自分
出産前の私は、完璧主義なところがありました。
レッスンの準備は万全に。教え方はわかりやすく。一回のレッスンで必ず何かを持ち帰ってもらいたい。
その気持ちは今もあります。でも、産後の私はそこに「でも、それができない日もある」という許しが加わりました。
自分自身が、完璧な母親ではいられないと知ったからです。
ごはんを作れない日がある。洗濯物がたまる日がある。子どもにイライラしてしまう日がある。
それでも毎日は続いていくし、子どもは育っていく。
だから生徒にも、お母さんにも、「今日はそういう日だったんだね」と言えるようになりました。レッスンに完璧なんていらない。来てくれただけで十分です。
ママになったから見える景色がある
出産して先生に戻った私は、指導力が上がったわけではありません。テクニックが向上したわけでもありません。
でも、ひとつだけ確実に変わったことがあります。
それは、「この子の人生の中に、私のレッスンがある」という感覚です。
生徒たちにも、それぞれの家庭があり、それぞれの毎日がある。ピアノは、その中のほんのひとかけらです。
でも、そのひとかけらが、その子にとって「安心できる時間」であってほしい。
それは、ピアノの先生としての私を、
もっと「人」に近づけてくれたと感じています。
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