よく聞かれます。
答えは「しない」です。
我が子のレッスンはしないと決めました。
その理由を、正直にお話しします。
最初はやるつもりだった
子どもが生まれたとき、当然のように「私が教えよう」と思っていました。
ピアノの先生なのだから、一番近くで一番良い教育ができるはず。教材も知っている、指導法も知っている、子どもの性格も誰よりわかっている。
でも、実際にやってみて気づきました。
私は、我が子の前ではどうしても「先生」ではなく「母親」になってしまう、ということです。
「ママ」と「先生」は両立しなかった
我が子にピアノを教えようとしたとき、私の中で二つの声がぶつかりました。
先生としての声は「今のは違うよ、もう一回やってみよう」と冷静に言います。
でも母親としての声は「なんでできないの」「さっき教えたでしょ」と、感情が混じってしまうのです。
他の生徒さんには絶対に言わない言葉が、我が子にだけは出てしまう。
期待が大きいから。「この子はできるはず」と思ってしまうから。
我が子にはなぜか余裕がなくなる。
これは、愛情の裏返しなのだと思います。
でもだからこそ、距離が必要でした。
子どもが「ママ」を求めていた
もうひとつ気づいたことがあります。
子どもは、ピアノの時間にも「ママ」を求めていました。
「ここ見て!」と弾いたとき、子どもが欲しいのは先生からの指導ではなく、ママからの「すごいね」なのです。
でも先生モードの私は「そこ、指が違うよ」と言ってしまう。子どもの顔が曇る。その瞬間、ピアノが楽しいものではなくなってしまう。
私がピアノの先生であることで、我が子からピアノの楽しさを奪ってしまうかもしれない。
そう気づいたとき、「教えない」と決めました。
別の先生にお願いした
我が子のピアノは、信頼できる別の先生にお願いしています。
最初は少し寂しい気持ちもありました。自分が教えられるのに、わざわざ他の先生に預けるなんて。
でも、先生が変わった途端、子どもがピアノを楽しみ始めたのです。
「先生にこの曲弾いてって言われた!」と嬉しそうに報告してくれる。レッスンの日を楽しみにしている。家で自分から練習する。
私が教えていたときには見られなかった姿でした。
親が教えることのリスク
親が専門分野を子どもに教えると、無意識に要求水準が上がります。「知っているから教えられる」と「上手に教えられる」は別のことです。特に親子関係では、感情のコントロールが難しくなります。子どもが「嫌い」になる前に、第三者に任せるという選択肢も、立派な教育です。
私はママとして応援する
今の私は、我が子のピアノに関しては完全に「お母さん」の立場です。
レッスンから帰ってきたら「どうだった?」と聞く。弾いてくれたら「いいね」と言う。発表会では客席で緊張する。
それでいいのだと思います。
我が子に必要なのは、ピアノの先生としての私ではなく、応援してくれるママとしての私。
教えないことで、親子の関係は守られる。ピアノを「楽しいもの」のまま育てられる。
それは、逃げではなく、選択です。
ママはママでいい。先生は先生でいい。
両方を同時にやらなくていいと気づいたから。
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