こう言うと驚かれるかもしれません。ピアノの先生がそんなことを言うの?と。
でも私は本気でそう思っています。
ピアノが弾けることと、その子の価値は、まったく別の話です。
ピアノが「できること」で人を測らない
ピアノを習っていると、どうしても「弾ける・弾けない」で評価される場面が出てきます。
発表会で上手に弾けた子は褒められ、間違えた子は悔しい思いをする。コンクールに出れば順位がつく。グレード試験では合否が出る。
それ自体は仕方のないことです。でも、その結果がその子の価値を決めるわけではありません。
上手に弾ける子が素晴らしいのではなく、ピアノに向き合おうとしているすべての子が素晴らしいのです。
「上手」の基準は誰が決めたのか
そもそも「上手に弾ける」とは何でしょう。
ミスなく弾けること?テンポが正確なこと?表現が豊かなこと?
これらは確かに技術的な指標です。でも、音楽の価値はそれだけでは測れません。
たどたどしくても、一生懸命に弾いているその姿に心を打たれることがあります。技術的には未熟でも、その子にしか出せない音がある。その子にしか感じられない音楽がある。
だから、「上手」も「下手」も、
本当はないのかもしれません。
あるのは、「その子の音」だけです。
弾けなくても得ているもの
ピアノのレッスンに通う中で、子どもたちはたくさんのものを得ています。
それは必ずしも「弾ける曲が増える」ことではありません。
先生の話を聴く力。椅子にきちんと座る習慣。順番を待つ経験。小さな目標に向かって努力するプロセス。失敗しても「もう一回」と思える心。
これらはすべて、ピアノの技術とは関係なく、レッスンの中で自然と育つ力です。
ピアノ以外で育つ力
集中力、忍耐力、自己表現力、感受性、礼儀、達成感、挫折からの立ち直り。ピアノが「弾ける」ようにならなくても、レッスンに通う中でこれだけの力が育ちます。だから「うちの子、あまり上手にならなくて…」と心配しなくて大丈夫です。目に見えないところで、たくさんのものを受け取っています。
「弾けた」より「弾きたい」を大切に
私がレッスンで一番嬉しい瞬間は、子どもが上手に弾けたときではありません。
「先生、この曲弾いてみたい!」と目を輝かせたとき。
「弾きたい」という気持ちがある限り、その子はいつか弾けるようになります。でも「弾けた」だけを求め続けると、弾けなかった瞬間に「弾きたい」まで失ってしまいます。
だから私は、結果よりも気持ちを大切にしています。今は弾けなくていい。でも「弾きたい」と思い続けてくれたら、それでいい。
お母さんへ伝えたいこと
レッスンの帰り道、お子さんに「今日はどうだった?」と聞くとき。
「上手に弾けた?」ではなく、「楽しかった?」と聞いてみてください。
そしてもうひとつ。お子さんがピアノを頑張っている姿を見て、「上手になったね」ではなく、「頑張ってるね」と言ってみてください。
「上手」は結果への評価。「頑張ってる」はプロセスへの承認。
子どもが欲しいのは、評価ではなく、承認です。
「あなたがピアノに向き合っている、その姿がすでに素敵だよ」。そう伝えてあげてほしいのです。
その子はその子のままで、すでに十分
ピアノが上手に弾けても弾けなくても、その子の価値は変わりません。
早く上達しても、ゆっくり進んでも、途中で一度やめても、また始めても。
どんな道を歩んでも、その子はその子のままで、十分に素晴らしい存在です。
ピアノの先生として、私はそのことをいつも忘れないようにしています。
その子の価値は何も変わらない。
大切なのは「弾けるかどうか」ではなく、
「音楽を楽しめているかどうか」です。
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