レッスン中、何度も言いそうになった言葉です。
でもあるとき、ふと気づきました。
私は子どもに「聞いて」と言っているけれど、
自分は子どもの声を聞けていただろうか、と。
「聞いてくれない」のではなく「聞けない」だった
レッスン中、集中が切れてしまう子がいます。鍵盤から手が離れて、窓の外を見たり、椅子の上でもぞもぞしたり。
以前の私は、そういう場面で「ほら、ちゃんと聞いて」と声をかけていました。悪気はありません。レッスンの時間は限られているし、せっかく来てくれたのだから、少しでも多くのことを伝えたい。
でもあるとき、いつも明るい女の子がレッスン中にずっと上の空だったことがありました。
その日、レッスン後にお母さんがそっと教えてくれました。「実は今朝、大好きだったおばあちゃんの犬が亡くなって…」
私は「ちゃんと聞いて」と言いかけた自分が、恥ずかしくなりました。
あの子は「聞いてくれない」のではなかった。「聞ける状態ではなかった」のです。
子どもの声は、言葉だけではない
それ以来、私は子どもの「声」に敏感になるようにしました。
声といっても、言葉とは限りません。
レッスン室に入ってくるときの足音。椅子に座るときの姿勢。鍵盤に触れる指の力加減。弾いているときの表情。
すべてが、その子の「今日の声」です。
それが、子どもと本当の意味でつながる第一歩だと、
あの日の経験が教えてくれました。
元気に入ってきた日は、少し難しい曲に挑戦してみる。静かに入ってきた日は、好きな曲を一緒に弾いてみる。言葉で「どうしたの?」と聞くよりも、音楽の中で寄り添うほうが、子どもの心には届くことがあります。
「ちゃんと聞いて」の代わりに
あの日以来、私は「ちゃんと聞いて」を使わなくなりました。
代わりに使うようになったのは、こんな言葉です。
「ここ、一緒にやってみようか」
「今の音、どう思った?」
「先生が弾くから聴いてみてね」
指示するのではなく、誘う。正すのではなく、共有する。
これだけで、子どもの反応がまるで違うことに気づきました。「聞いて」と言われると身構える子も、「一緒にやろう」と言われると、自然と前のめりになるのです。
お家でも使える「誘う言葉」
「宿題やりなさい」の代わりに「一緒に見てみようか」。「練習しなさい」の代わりに「ちょっと弾いてみて、聴きたいな」。命令を誘いに変えるだけで、子どもの受け取り方は大きく変わります。子どもは「やらされている」と感じたとき、心を閉じます。「一緒にやろう」と感じたとき、心を開きます。
大人にも「聞けない日」がある
これは子どもに限った話ではありません。
大人の私たちにも、人の話が頭に入ってこない日があります。疲れている日、心配ごとがある日、寝不足の日。
自分にもそういう日があるのだから、子どもにだってある。
そう思えるようになってから、レッスンがずいぶん穏やかになりました。
聞けない日は、聞けないでいい。その代わり、次に来てくれたときに「今日はどうかな?」と、またそっと寄り添えばいい。
気づくということは、愛情のかたち
子どもの小さな変化に気づくこと。いつもと違う様子を見逃さないこと。
それは特別な技術ではなく、「この子のことを知りたい」という気持ちから始まります。
ピアノの先生も、お母さんも、毎日がとても忙しい。だから、すべてに気づくことは難しいかもしれません。
でも、気づこうとする姿勢。それだけで、子どもには伝わっています。
まず私が「ちゃんと聴こう」。
そう決めた日から、子どもとの関係が変わり始めました。
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