「ピアノって、本当に意味あるのかな」
送り迎えをして、月謝を払って、練習しなさいと声をかけて。それだけの労力をかけているのに、子どもはなかなか上達しない。ふと、そんな気持ちがよぎること、ありませんか。
「無駄だった習い事ランキング」でピアノの名前を見かけて、ドキッとした方もいるかもしれません。
ピアノ教室を運営しながら、お腹に赤ちゃんがいる私が、この問いに正直に向き合ってみます。
「ピアノは無駄」と感じてしまう3つの理由
まず、「ピアノは無駄かもしれない」と感じる気持ちを否定しません。なぜなら、そう思ってしまうのには、ちゃんとした理由があるからです。
1つ目:目に見える成果が出にくい
水泳なら「25m泳げるようになった」。英語なら「英検に受かった」。わかりやすいゴールがあります。
でもピアノは、半年通っても「まだ片手で簡単な曲を弾いている」ということも珍しくありません。隣の子はもう両手で弾いているのに、うちの子はまだ……と比べてしまうと、余計に「意味あるのかな」と感じてしまいます。
2つ目:お金と時間がかかる
月謝だけでなく、教材費、発表会の衣装代、そして何より自宅でのピアノの置き場所。トータルで考えると、他の習い事より負担が大きいのは事実です。
「これだけかけて、将来ピアニストになるわけでもないのに」という気持ちは、とても自然なものです。
3つ目:子どもが練習を嫌がる
「練習しなさい」と言うたびに親子バトル。楽しいはずの音楽が、家庭のストレスになっている。これでは「やめたほうがいいのでは」と思うのも当然です。
ここまで読んで「そうそう、まさにそれ」と思った方。その気持ち、間違っていません。大切なのは、この先の話です。
「ピアノは無駄じゃなかった」── 経験者の82%がそう答えた理由
「無駄だった習い事」のランキングにピアノが入る一方で、実はピアノ経験者を対象にしたアンケートでは、82%の方が「意味があった」と回答しています。
この差はどこから来るのでしょうか。
「無駄だった」と感じた人
途中でやめてしまった
親に言われて仕方なく通っていた
「上手に弾けること」だけがゴールだった
「意味があった」と感じた人
ある程度の期間、続けることができた
自分なりの楽しさを見つけられた
弾けるようになる以外の変化に気づいた
つまり、ピアノが無駄かどうかは、ピアノそのものの問題ではなく、「どう関わったか」によって変わるということです。
これは逆に言えば、関わり方次第で、ピアノはとても豊かな経験になり得るということでもあります。
脳科学が証明した「ピアノだけ」の効果
「ピアノは脳にいい」という話、聞いたことがある方は多いと思います。でも、具体的にどういいのかまで知っている方は少ないかもしれません。
研究データが示す3つの事実
1つ目。ピアノを継続して練習した子どもは、左右の脳をつなぐ「脳梁(のうりょう)」が発達し、言語に関する神経束が太くなるというデータがあります。情報処理のスピードや言語能力に関わる部分です。
2つ目。脳科学者の澤口俊之先生は、習い事の中でピアノが「人間性知能(HQ)」をもっとも高めると述べています。HQとは、問題解決力、社会性、創造力など、人として生きていくための総合的な知性のことです。
3つ目。ピアノの効果が現れ始めるのは約4か月後からで、2年間継続すると脳の構造そのものが変化するという報告もあります。
なぜピアノだけ、こんなに効果が高いのか。
それは、ピアノを弾くという行為が、「楽譜を目で読む」「音を耳で聴く」「両手の指を別々に動かす」「ペダルを足で踏む」「次の音を頭で考える」── これらすべてを同時に行う、きわめて複雑な脳のトレーニングだからです。
水泳やサッカーは身体能力を。英語や塾は知識を。それぞれ素晴らしい効果があります。でも、脳全体をここまでまんべんなく使う活動は、ピアノの他にほとんどありません。
ただし、大切なこと
「脳にいいから」という理由だけで子どもにピアノを続けさせても、本人がつらいなら効果は半減します。脳が活性化するのは、本人が「やってみたい」と感じているとき。つまり、脳科学の効果を最大限に引き出すのは、環境と関わり方なんです。
ピアノが「無駄」になるとき、ならないとき
ここまで読んで、「じゃあ、どうすれば無駄にならないの?」と思いますよね。
私がレッスンの現場で感じている、大切なことを3つお伝えします。
「弾けるようになること」だけをゴールにしない
ピアノを習う目的が「曲を上手に弾けるようになること」だけだと、上達が遅いときに「意味がない」と感じやすくなります。
でも、レッスンの中で子どもたちが得ているものは、演奏の技術だけではありません。「自分で考えて工夫する力」「うまくいかなくても続ける力」「自分の気持ちを表現する力」── どれも、目に見えにくいけれど、一生を支えてくれるものです。
「練習しなさい」の代わりに「楽しそうだね」
毎日の練習を強制すると、子どもにとってピアノは「やらされるもの」になります。やらされて身についたものは、やめた瞬間に消えてしまいます。
逆に、自分から鍵盤に触れる習慣がついた子は、たとえ途中でレッスンを離れても、大人になってから再びピアノに戻ってくることが多いのです。
大切なのは、1日30分の練習より、「ピアノって楽しい」という記憶を残すこと。
教室との相性を見極める
ピアノが嫌になる原因が、実は「教室との相性」だったというケースはとても多いです。
厳しすぎるレッスンで萎縮してしまった子が、教室を変えた途端にイキイキし始める、ということは珍しくありません。お子さんが「またやってみたい」と思える場所かどうか。それが、ピアノを無駄にしないための一番のポイントかもしれません。
教室の現場で見てきた「ピアノが残すもの」
ある生徒さんのお話
3歳から通ってくれていた女の子がいました。正直に言うと、いわゆる「上達が早い子」ではありませんでした。同じ曲を何週もかけて、少しずつ進むタイプ。
お母さんは何度か「うちの子、向いてないのかな」とおっしゃっていました。
でも私は、レッスンのたびにその子が変わっていくのを見ていました。最初は目を合わせるのも恥ずかしそうだったのに、半年後には「先生、ここはこう弾きたい」と自分の意見を言えるようになった。1年後には、弾き間違えても「もう一回やる」と自分から言うようになっていました。
楽譜の進み具合だけを見ていたら、この変化は見落としてしまいます。でも、この子がピアノを通じて手に入れたのは、「自分で決めて、自分でやり直す力」でした。
こうした変化は、テストの点数のように数字で測れません。だから「無駄だった」と思われてしまうこともあります。
でも、子どもの人生を長い目で見たとき、本当に「無駄」なのはどちらでしょうか。すぐに結果が出る習い事と、目に見えない力をゆっくり育てる習い事。私は、どちらにも価値があると思っています。ただ、ピアノが育てるものは、少し時間がかかるだけです。
お腹の子に、私が伝えたいこと
実は今、私のお腹には赤ちゃんがいます。
ピアノの先生である私が、自分の子どもにピアノを習わせるかどうか。きっと聞かれると思います。
答えは、「本人が触ってみたいと思ったら」です。
私は毎日、生徒さんたちのレッスンを通じて、ピアノがどれだけ子どもの心を育てるかを見ています。でもそれは、「やりたい」と思ってピアノの前に座った子だけに起きる変化です。
だから、私は自分の子にも、強制はしないと決めています。
ただ、家にピアノがあって、毎日音が鳴っている環境は作ってあげたい。いつか「弾いてみたい」と思ったときに、すぐにそばにピアノがある。それだけで十分だと、今は思っています。
ピアノは「役に立つかどうか」で測るものではないのかもしれません。音楽のある日常のなかで、子どもが自分の感情に気づいたり、表現する喜びを知ったりする。そういう体験のひとつひとつが、その子の人生の土台になっていくのだと思います。
ピアノノギフトが大切にしていること
ピアノノギフトでは、「上手に弾けること」よりも「またやってみたいと思えること」を大切にしています。
子どもが自分のペースで音楽と向き合い、小さな「できた」を積み重ねていく。その過程そのものが、ピアノの本当のギフトだと私たちは考えています。
「ピアノって、本当に意味あるのかな」── その問いに対する答えは、お子さん自身がレッスンの中で見つけていくものかもしれません。


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