2018年、大学4年生の春から夏にかけて、4ヶ月間ドイツに留学しました。
学校からの奨学金と家族の支援をもらって行けた、ありがたい機会でした。
でも正直に言うと、あの4ヶ月は、これまでの人生でいちばん辛い時間だったかもしれません。
8年経った今、ようやく「あの経験があって良かった」と思えるようになりました。
今日は少し長くなりますが、あのときの話を書かせてください。
ドイツでの生活は、想像を超えて過酷だった
留学するまで、私はずっと東京の実家暮らしでした。毎日お母さんがごはんを作ってくれて、温かいお風呂に入って、清潔なベッドで眠る。その「当たり前」が、どれだけありがたいことだったのか、当時の私はまったく気づいていませんでした。
毎日パンだけを食べていた
留学先での食事は、駅のパン屋さんで買うパンが中心でした。
お腹いっぱいにはならないのに、体はむくむ。集中力も出ない。でも、その原因が「食事」にあるとは気づかなかった。タンパク質とか脂質とか、栄養のバランスなんて考えたこともなかったんです。
ただずっと体が重くて、気分がどんよりしていました。
寮の環境も厳しかった
住んでいたのは山奥の古い寮でした。部屋の隅には蜘蛛の巣。共同のキッチンはカビの臭いがして使えない。夜は耳元で虫が飛ぶ音がする。
硬水のシャワーが体に合わなくて、手足の皮膚がうろこのように白くなって剥けてしまった。髪もバサバサに。湯船もなかった。
今思えば、奨学金をいただいて支援してもらっていたのだから、贅沢な悩みです。でも当時は「なんで私がこんなところに来なきゃいけないの」という気持ちで毎日を過ごしていました。
ピアノも、期待していた方向には進まなかった
留学前は期待でいっぱいでした。刺激的なレッスンがたくさんあって、アンサンブルやコンサートの機会にも恵まれて、大きく成長できるはず。そう思っていました。
がむしゃらに弾くしかできなかった
実際のレッスンは思ったより少なくて、戸惑いました。
それでも「とにかく練習しなきゃ」と、朝早くからピアノに向かい続けました。でも目的も目標も見えなくなっていて、ただがむしゃらに弾いているだけ。上手くなっている実感がまったくありませんでした。
帰国後、先生に「あなた、何してたの?」と言われたくらいです。
怖いもの知らずで動いた日々
ベルリンやミュンヘンにも、自分でアポを取って向かいました。大学の教授に拙い英語でメールを送りまくって、レッスンを受けさせてもらった。
怒られることもありました。でも、受け入れてくれた先生もいた。
怖いもの知らずで動き回っていたあの頃の行動力だけは、今でも良かったと思っています。
ひとりで抱えることの辛さを、身をもって知った
あの4ヶ月でいちばん辛かったことは、生活の過酷さでもピアノの停滞でもなく、「全部ひとりで抱えていたこと」だったかもしれません。
誰にも相談できなかった
言葉がうまく通じない。友だちもいない。困っていることがあっても、誰にどう伝えればいいかわからない。
日本にいる家族や友だちに弱音を吐くのも、なんだか申し訳なかった。「奨学金もらって留学させてもらってるのに、弱音なんて言えない」と思っていました。
毎日の小さな不安や不満が、誰にも吐き出せないまま積み重なっていく。あの孤独感は、今でもはっきり覚えています。
ひとりで抱え込むことがどれだけ心を消耗させるか。あの4ヶ月で、私は身をもって知りました。
だから今、レッスンに来てくれるママたちが「ちょっと聞いてほしいんですけど」と話してくれるとき、その言葉がどれだけ勇気のいることか、わかるんです。
子育ての不安、習い事の迷い、「こんなこと相談していいのかな」という遠慮。ドイツで私が感じていた「言えない辛さ」と、きっと根っこは同じだと思っています。
8年経って気づいた、あの頃の自分のこと
時間が経って、ようやく冷静に振り返れるようになりました。
あの頃の私は、正直に言えば、傲慢だったと思います。
全部、外に向いていた
「なんでレッスンが少ないんだろう」「なんで先生は教えてくれないんだろう」「なんで私がこんな環境にいなきゃいけないんだろう」
不満の矛先は、全部外に向いていました。
でも今の私は知っています。あの先生は「自分で考えること」を大切にするスタイルのレッスンをしてくれていたんです。それなのに、「与えてくれない」と不満を感じていた。
ピアノをやっていれば結果がついてきた経験があったから、「もっとできるはず」という驕りがありました。
失敗が「問い」を変えてくれた
留学前の私の問いは「どうすれば上手くなるか」でした。
ドイツでの4ヶ月で、その問いでは前に進めないことを知りました。
帰国してから、少しずつ問いが変わっていきました。「誰のために弾くのか」「音楽を通じて何を届けたいのか」。
この問いを持てるようになったことが、あの4ヶ月の、いちばんの収穫だったのかもしれません。
あの経験が、「ママの力になりたい」につながっている
ドイツでの4ヶ月と、今の私がやっていること。一見つながらないように見えるかもしれません。
でも、私の中では深くつながっています。
ひとりで頑張っている人のそばにいたい
ドイツでひとりで抱え込んでいたとき、私がいちばん欲しかったのは「すごいアドバイス」ではありませんでした。
「大変だったね」「よくがんばってるね」と言ってくれる人が、ひとりでもいてくれたらよかった。
毎日子育てに奮闘しているママたちを見ていると、あの頃の自分と重なるんです。完璧にやらなきゃと思っている。弱音を言っちゃいけないと思っている。「こんなことで悩んでるの私だけかも」と思っている。
だから私は、ピアノの先生であると同時に、ママの話を聴ける人でいたいと思っています。レッスン後のほんの数分でも、「ここでは弱音を言っていい」と思ってもらえる場所でありたい。
「完璧じゃなくていい」と心から言える理由
ピアノノギフトで私がいちばん大切にしていることのひとつが、「完璧じゃなくていい」という考え方です。
これは、きれいごとで言っているわけではありません。
ドイツで完璧を求めて、全部うまくいかなくて、それでも8年後に「あれがあって良かった」と思えるようになった。完璧じゃなかった時間も、ちゃんと自分の一部になっている。
だからママにも伝えたいんです。練習させられなかった日があっても大丈夫。レッスンを休んでしまっても大丈夫。完璧に子育てできなくても、お子さんはちゃんと育っていく。
そう言い切れるのは、私自身が「完璧じゃなかった経験」の先にいるからです。
この経験が、レッスンにも活きている
「上手くなること」だけがゴールじゃない
ドイツ留学で学んだいちばん大きなことは、「技術を磨くこと」と「音楽を届けること」は違うということです。
いくら技術が上がっても、「誰かに聴いてほしい」「この曲のここが好き」という気持ちがなければ、音楽は人に届かない。
だからピアノノギフトのレッスンでは、「上手に弾けたかどうか」よりも、「この曲のどこが好き?」「誰に聴かせたい?」という問いかけを大切にしています。
うまくいかない時間にも意味がある
練習してもできない日。何度弾いても思うようにいかない日。子どもたちにも、そういう日があります。
でも、私は知っています。そのうまくいかない時間は、無駄じゃない。
もがいている時間は、次に進むための準備期間。今はわからなくても、あとから「あの時間があったから」と思える日が来る。
これは、ドイツでの4ヶ月を経験した私だから、心の底から言えることです。
完璧じゃなくてもいい。思った通りに進まなくてもいい。もがいている時間の中にこそ、大切なものが育っている。それを、子どもたちにもママにも伝えていきたいと思っています。
完璧な先生じゃなくてごめんなさい──でも、だからこそ
華やかな留学経験をお話しすることもできます。「ドイツに留学して学んできました」と言えば、聞こえはいい。
でも、本当のことを言えば、あの留学は「挫折」でした。思うようにいかなかった。傲慢だった自分と向き合わされた。帰国したとき、胸を張って「成長しました」とは言えなかった。
でも、あの挫折があったから、「上手くなること」だけを追いかけるピアノの先生にはならなかった。
子どもが壁にぶつかったとき、「がんばれ」だけじゃなく「うまくいかない時間にも意味があるよ」と言える先生になれた。ママが「うちの子、全然上達しなくて」と不安になったとき、「大丈夫です。今は準備の時間なんです」と、心から伝えられる先生になれた。
完璧な経歴の先生ではありません。でも、ひとりで抱え込む辛さを知っているからこそ、ママのそばにいられる先生でありたいと思っています。
そんな私のレッスンに、お子さんを預けてみませんか。
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