「うちの子、ピアノやめちゃったけど、意味あったのかな」。
そんなふうに、ふと考えてしまうことはありませんか。
今回は、ピアノを習っていた男の子が教室を離れたあとに感じたこと、そしてそのお母さんが振り返って思うことをお伝えします。
ピアノをやめた男の子のその後
その男の子は、小学1年生からピアノを始めて、5年生のときにやめました。
理由は、サッカーに夢中になったから。練習日が重なって、両方は難しくなったのです。
やめるとき、お母さんは少し迷ったそうです。「せっかくここまで続けたのに」「もったいないんじゃないか」と。
でも本人は、ピアノをやめたことを後悔していませんでした。
それどころか、中学生になった今、「ピアノやっててよかった」と自分から言うようになったのです。
「やっててよかった」と本人が気づく瞬間
ピアノをやめたあと、男の子が「やっててよかった」と感じた場面がいくつかあったそうです。
1つ目は、学校の合唱コンクール。伴奏者に立候補して、クラスのみんなの前でピアノを弾いたとき。「弾けるってだけで、ちょっとかっこいいって思われた」と、照れくさそうに話してくれました。
2つ目は、テスト勉強のとき。集中して一つのことに取り組む力が、ピアノの練習で自然と身についていたこと。本人いわく「ピアノの練習って、結局やるしかないじゃん。あの感覚が勉強にも使える」のだそうです。
3つ目は、友達と音楽の話をするとき。楽譜が読めること、リズムがわかること。それだけで「すごいね」と言われる場面が増えたこと。
どれも、ピアノを弾いていた日々がなければ手に入らなかったものでした。
本人にとっては、「ピアノを続けている自分」ではなく、「ピアノをやっていた自分」が、ちゃんと今の自信につながっているのです。
親御さんが振り返って思うこと
お母さんに「ピアノを習わせてどうでしたか」と聞いたとき、少し間を置いてからこう答えてくれました。
「正直、やめるときは『もったいない』って思いました。でも今は、習わせてよかったって心から思います」。
お母さんが感じていた「よかった」は、演奏技術のことではありませんでした。
毎週決まった日にレッスンに通う習慣が、生活のリズムを作ってくれたこと。
「練習しなさい」と言わなくても、自分で時間を決めて取り組むようになったこと。
発表会の本番で緊張しながらも最後まで弾ききった経験が、ほかの場面でもお子さんの支えになっていること。
「ピアノって、弾けるようになることがゴールだと思ってたんです。でもそうじゃなかった。ピアノを通じて身についたものは、やめたあとも残っているんですよね」。
そうおっしゃったお母さんの表情が、とても穏やかだったのが印象的でした。
ピアノが残してくれたもの
ピアノを習うと、演奏の技術だけが育つわけではありません。
むしろ、目に見えないところに大きな贈り物が残ります。
コツコツ積み上げる力。一つのことに集中する力。「できない」を「できた」に変えた成功体験。人前で何かを表現する勇気。耳で聴いて、感じて、自分の手で表現する感性。
これらは、ピアノをやめたあとも消えません。
なぜなら、それはお子さんの中に根づいた力だからです。テストの点数のように上がったり下がったりするものではなく、一度育てば、ずっとその子の中にあり続けます。
ピアノの先生として私がいちばん嬉しいのは、教室を卒業したお子さんが「ピアノやっててよかった」と言ってくれる瞬間です。
それは、ピアノがその子に贈り物を届けられた証だと思っています。
やめることは「終わり」じゃない
「ピアノをやめる=無駄になる」と思っている方は、とても多いです。
でも、やめたから終わりではありません。やめたあとにこそ、ピアノの本当の価値に気づく瞬間がやってきます。
もちろん、続けられたらそれは素晴らしいことです。でも、お子さんの人生にはいろんな季節があります。ほかに夢中になれるものが見つかるのも、素敵なことです。
大切なのは、ピアノを通じて何を受け取ったか。その贈り物は、どんな道に進んでもお子さんと一緒に歩いてくれます。
だから、もしお子さんがいつかピアノをやめる日が来たとしても、「やらせてよかった」と思える日がきっと来ます。
そのときに「ピアノ、楽しかったな」とお子さんが思い出してくれたら、私はそれだけで十分嬉しいのです。

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