先日、実家で小学校の卒業アルバムを見つけました。
ページをめくっていたら、卒業文集に書いた自分の作文が出てきて。
読み返して、少し泣きそうになりました。
12歳の私が書いた夢が、29歳の今、ちゃんとここにあったから。
卒業文集に書いた作文
「感動をありがとう」
私の将来の夢は、人を感動させるピアニストです。
四年生の時、私が担当した楽器はピアノ。小学校生活最後の音楽会を終えたその時、私は家ではできるだけ練習の時間をして、お客さんに感動を伝えたい、自分が心から楽しむ、そう思えた。
本番三日目、保護者観覧日。私はいつも以上に良い演奏をしたいと思った。指揮者が手を挙げた。ピアノの出番は来た。何度も深呼吸をした。
体育館中に響きわたるきれいな音色。学年全員が一体となり、緊張はほとんどなくなった。心地よく、楽しかった。
この貴重な体験を生かして、心から音楽を楽しめて、胸にぐっとくる、人に感動をあたえられるピアニストになりたい。
感動をありがとう。
12歳の私が夢見たこと
この作文を書いたとき、私はまだ「ピアニスト」が何をする仕事なのか、よくわかっていなかったと思います。
でも、ひとつだけ、はっきり感じていたことがありました。
ピアノを弾いて、誰かの心が動く瞬間がある。その瞬間が、たまらなく嬉しい。
小学校の音楽会。体育館に響いたピアノの音。学年全員が一体になった感覚。お客さんの表情。
12歳の私にとって、あの日の体験は「自分がこれからもピアノを弾いていく理由」そのものでした。
「人を感動させるピアニストになりたい」──技術がどうとか、コンクールの成績がどうとか、そういうことじゃなくて。ただ純粋に、ピアノで誰かの心を動かしたい。そう思っていたんです。
17年経った今、思うこと
01
「人を感動させるピアニスト」の意味が変わった
12歳のときに夢見た「人を感動させるピアニスト」は、大きなステージで演奏する自分でした。
でも今、私がいちばん「感動」を感じる瞬間は、レッスン室の中にあります。
弾けなかった曲が弾けるようになった瞬間の、子どもの顔。「先生、聴いて!」と目を輝かせて弾いてくれるとき。発表会のステージで、緊張しながらも最後まで弾ききった子の背中。
私が感動を「受け取る」側になっていました。
12歳の私が書いた「感動をありがとう」という言葉は、今、生徒さんたちに向けて、毎日のように感じていることです。
02
「感動を伝えたい」が、今の仕事になっている
作文に「お客さんに感動を伝えたい」と書いていました。
今の私は、ピアノの楽しさ、音楽の喜びを、子どもたちに伝える仕事をしています。コンサートのお客さんではなく、目の前のひとりの子どもに。
「弾ける・弾けない」ではなく、音を出す楽しさ、自分の音を見つける喜び、音楽で自分を表現できるということ。それを伝えていくことが、12歳の私が夢見た「感動を伝えたい」の、いちばんリアルなかたちだったんだと思います。
03
「学年全員が一体になった」あの感覚を、子どもたちにも
作文に書いた、学年全員が一体になった瞬間。あの感覚は、ピアノノギフトの発表会でも大切にしていることです。
うまい・下手ではなく、みんなが同じ場所で音楽を共有すること。弾いている子も、聴いている家族も、その場にいる全員が「一体」になれる時間。
12歳のあの日、体育館で感じたあの温かさを、今度は私が子どもたちに届けたい。そう思いながら、教室を続けています。
あの日の作文が教えてくれたこと
夢は変わる。でも、芯は残る。
12歳の私が書いた「人を感動させるピアニスト」と、29歳の今の私は、たぶん違うかたちをしています。
大きなステージで弾くピアニストにはなっていません。でも、毎日レッスン室でピアノを弾いて、子どもたちと音楽を分かち合っている。
「人を感動させたい」という芯は、17年経っても変わっていませんでした。
かたちは変わった。でも、願いは同じだった。
卒業アルバムを開いて、そのことに気づいたとき、12歳の自分に「ちゃんと夢、叶えてるよ」と言ってあげたくなりました。
お子さんの「今」が、未来につながっている
お子さんが発表会で弾いた一曲。レッスンで「できた!」と笑った瞬間。好きな曲を何度も繰り返し弾いている姿。
それは、今この瞬間だけのことではないかもしれません。
私のように、17年後にその体験が「自分の原点」になっていることがあります。子どもの頃に感じた感動は、本人が思っている以上に、深く心に残るものです。
ピアノを習うことの意味は、すぐには見えないかもしれません。でも、お子さんの中には確実に何かが積み重なっています。
12歳の私が書いた作文が、29歳の今の私を支えてくれているように。お子さんの「今」もきっと、未来の自分を支える力になります。

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